クリスタ・ルートヴィヒが4月24日、ウィーン近郊の町、クロスターノイブルクで亡くなりました。享年93歳、世界最高のオペラ歌手として、長年にわたり私たちを楽しませてくれました。
今回の訃報を受けて、多くの方がSNSなどで彼女の死を悼んでいますが、その中のいくつかは、ルートヴィヒが複数の録音に参加しているマーラーの交響曲「大地の歌」をテーマにしているものでした。実際、ルートヴィヒは、クレンペラー、カラヤン、バーンスタイン、クライバーといった錚々たる指揮者たちによる「大地の歌」の演奏会や録音にソリストとして招かれています。
「大地の歌」は、6つに分かれた楽章を男声と女声が交互に歌う構成ですが、とりわけ最後の楽章に位置する《告別》は、ewig(永遠に)…… ewig(永遠に)とアルトが囁くようにリフレインして曲を閉じるもので、ルートヴィヒの名唱に耳を傾けながら、彼岸に向けて旅立った彼女を偲ぶにはうってつけの曲だと言えるでしょう。
福永武彦に「告別」と題した小説があります。
『私』と一人称で語られているものの、主人公は上條慎吾と言うドイツ語の大学教授にして音楽評論家、ピアノも弾き、本当はピアニストか作曲家になりたかったらしい男。『私』は、上條の知り合いという設定で、物語はいきなり上條の葬儀に『私』が参列する場面から始まります。
この作品の底流を貫くのは、文字どおり、マーラーの交響曲「大地の歌」で、物語が始まったばかりのシーンで『私』は、「実際には何の音楽も聞こえてこないのに、私の愛する、そして彼もまた愛していた一人の作曲家の或る主題を、心の中で、聴き惚れていた」と述懐します。私と彼が共に愛していた一人の作曲家とは、マーラーのことです。
小説全体は、生と死をめぐる暗いトーンに彩られていますが、ラストシーンはやはり、マーラーの《告別》の終結部を引いて、静かな余韻が心を打ちます。
「また新しい春になれば、愛する大地は眼路のかぎり、花を咲かせ緑を茂らせよう。
「眼路のかぎり、永遠に、遠い果ては青く光って。
「永遠に……、永遠に……。
「永遠に……。」
(BRAVO Café 店長)