ハッピーアワーという言葉の響きはとても魅力的です。仕事帰りに同僚と一杯、とりかかっているプロジェクトの悩みを打ち明けたり、上司の悪口を言いあったり、あるいは、週末のスポーツトーナメントの結果を予想したり……。
店が本格的に混雑する前の数時間、飲みものを割安にすることでお客さんを呼ぶのがハッピーアワーのねらいですが、最近ではこの時間帯が、コロナ禍における「時短営業」の枠に入ってしまい、ハッピーアワーが持つ幸せそうな響きは遠くなってしまいました。
昔、まだ駆け出しの会社員だったころ、ドイツの港町ハンブルクで見た光景が忘れられません。時は、黄昏せまるハッピーアワー、水辺のスタンドバーでは、いかにも会社帰りといった風情の女性や男性が、サーモンやシュリンプなど、新鮮そうな魚介類をつまみながら、ワイングラスを傾け、楽しそうな会話に興じている。その光景が、なんともカッコよくて、長じてから何度も真似をしようと試みたものの、なかなかうまく行きません。仲間達と束の間、楽しい時を過ごしたあとは、ダラダラせずにさっさとお開き、それが理想なのですが。
「しつけの良い子は長居をしないんだよ」というのは、村上春樹さんの小説『1973年のピンボール』の中に出てくるセリフですが、この一節に出会ったとき、思わず「そのとおり!」と膝を打ったのは、一瞬、ハンブルクの記憶が頭をよぎったからです。
コロナ禍に見舞われた私たちの社会で、ハッピーアワーが本来の意味を取り戻すのは、もう少し先のことになりそうですが、いつか必ず、世界中の人びとが笑顔で思い思いの場所に集える日が戻ってくるものと信じています。
(BRAVO Café 店長)